「理事長への道」を自身の経歴と5つのポイントから考えてみた Vol.1

コロナ禍のなか

みなさんこんにちは!公益社団法人周南青年会議所 第18代理事長を務めております河村です。

今年の1月に投稿させていただいて以来、久しぶりの投稿になります。

ご存じの通り本年度はコロナ禍のため、周南青年会議所としてはなかなか目に見える形での活動が展開できず、全会員にとってももどかしい時間を過ごしているところです。

コロナウィルス感染拡大→活動自粛は私たちのみならず、多くの社会活動を推進する団体に突き付けられた大きな課題であり、いまだ画期的な解決策は見いだせていません。

100人近い会員が在籍する周南青年会議所にとって一番大切なのは会員自身とその家族、社員が安心安全に活動ができること。

そのことを念頭に、3月よりほぼ毎週役員理事とWEB会議を重ねており、6月臨時総会においての承認を得て、 この7月からは感染拡大防止に努めながら徐々に活動を再開していく予定です。新しい行動様式に対応しながら活動を展開していきますので、引き続き弊所へのご理解、ご協力のほど何卒よろしくお願いいたします。 

 

理事長を目指す人必見?のシリーズものを勝手に書いてみる

さて、今回さまざまな事情があり、2週連続で寄稿できることになりましたので「理事長への道」と題しまして自分自身がどのようにして理事長という職責を担うようになったか、もし仮に将来理事長という役職をぜひしたい(やらなければならない)という方があった場合、近道はなんのなか?についてまとめて書いてみたいと思います。

今週は 「私自身について経歴の紹介」 についてお伝えいたします。

 

そもそも入会することすら迷っていた…が2013年に入会

私は2013年に周南青年会議所に入会しました。記憶が正しければ2010年ごろから入会のお誘いを受けていたのですが、そのころ 青年会議所がどんな団体か?などを全く知らず、漠然と入会に対して否定的な考えを持っていました。 

ところが2012年の秋ごろから当時会員拡大の責任者をされていた原田宗隆さん、そして2013年に理事長を務められた原田栄造さんに何度も会社にご訪問をいただいたことをきっかけに入会をすることに。

現在もライフワークとして取り組んでいる中心市街地活性化の活動や地域での人脈づくりにつながればいいなぁ、、、でももし自分に合わなかったら半年間の研修期間を満了してすぐに退会しようという軽い気持ちでの入会でした。

なかなかギアが入らなかった1年目 でも・・・

入会して初めての2013年度1月度例会。周南青年会議所の例会場となっている遠石会館に約100人のメンバーが集まります。全員がスーツでなかなかの圧迫感です(笑)

しかも当時のメンバーにはあまり知り合いもおらず、なんとなく自分の居場所がないなぁと感じてしまい最初の1年間はほとんど幽霊会員に・・・

今となってはあの1年間もう少しがんばって活動してればもっとたくさんの学びがあったのになぁと後悔しかないですが、 当時は地域での人脈づくりやその中での自己啓発に対しての意識が低かった のでしょうね。お恥ずかしい限りです。

ただそんな私にも温かい声をかけてくれる先輩、同期がいたことでなんとか2年目に突入することができました。

お世話になり続けた2年目

2年目となる2014年には「福祉委員会」という委員会に所属させていただくことになりました。

「福祉」という分野にはまったく縁のなかった私でしたが、当時委員会の委員長を務められた竹光弘樹さん、そして経験豊かで面倒見のよい委員会メンバーにすごくよくしてもらいました。

2014年福祉委員会

福祉委員会「プチプチわーく周南」の様子

自分が出席できる催しにしか顔を出せていなかった自分に「忙しいのにありがとう」と声をかけてもらったこと、同期入会3人に担当例会内容をすべて任せてもらえたことはよい思い出です。

 周南青年会議所には多くのメンバーがいて、それぞれの立場・状況で活動をしています。 

それを理解し、温かい雰囲気をつくってくれるメンバーの存在の大切さを実感した2年目でした。

すべては人とのご縁の中で

3年目となる2015年度は会員拡大委員会の副委員長に抜擢していただきました。

当時これといった活動実績のなかった私を引き上げてくださった当時の高橋裕和理事長、玉井委員長は改めてすごいなぁ~と思います。(私なら絶対にできない・・・)

2013年入会メンバーとともにいかだレースに出場

といっても3年目もこれといった目立った実績もなく、自分はこうやってのらりくらりと青年会議所活動を続けていくのかなぁ~と思っていたのですが、翌2016年にはなんと委員長への打診が・・・

2016年に理事長を務められた岩崎真之介さんにはすごくご迷惑をおかけしたと思いますが、何度かお断りさせていただいたのを覚えています。自分自身に委員長をするだけの覚悟がなかったですし、青年会議所の仕組みもいまいちわかっていなかったからです。

そんな中当時私の担当副理事長を務められた中川智加良さんからもお声がけをいただき、しぶしぶ(本当に申し訳ない)委員長を受けることに。

会員拡大委員会ということで、青年会議所活動にあまり深い理解のない私がその魅力を伝える立場になりました。

「役を務めるからにはしっかりやり切りたい」、という気持ちで1年間勤めましたが、今考えるととても出来の悪い委員長だったと思います。(それまでがんばってないから自業自得ですね)

担当副理事長だった中川智加良さんには会議の進め方をはじめとして、すべての面でご指導をいただきましたし、副委員長を務めてくれた原田英典さん、幹事のIさん、そして委員会メンバーには本当にお世話になりました。

またこの年に私のチルドレンとして入会してくれた新入会員にも大変恵まれました。22人入会してくれた中で、現在会を支える要職にたくさんのメンバーがついていますし、2016年にもみんな粉骨砕身頑張ってくれました。

 今までお世話になるばかりだったという自分自身が作り出したギャップに悩みながらも、私の経歴の中で絶対に忘れられない最高に楽しい1年間でした。 

11月にみんなでいった北九州の打ち上げ、委員会3役での打ち上げも忘れられない思い出です。

2016年度 AKB運動会の打ち上げの様子

 

と、そこからは五月雨式のジェットコースター笑

これまでダメダメだった自分を引き上げ、よくしてもらった分勉強して恩返しするターンが始まります。

2017年度は専務理事(運営・事務全般のサポート)

2018年度は副理事長(会員拡大委員会担当)

2019年度も副理事長(対外事業担当)

2020年度 理事長

2017年度 15周年記念式典・事業 橋本徹 講演会のときの様子

人は良くしてもらった分だけ頑張ることができる

私は要所要所で本当にたくさんの方にお世話になっています。

そのひとつひとつを振り返ってみると、 そのすべては「会のためにひとりでも多くの参加意識・当事者意識を高めていこう」という当時の責任者の方の想いにつながっているように思います。 

子育てもそうだと思うのですが、愛情や想いを注がれた分だけ人は頑張ることができると思います。

私という出来損ないが理事長という重責を担えているのも諸先輩や多くのメンバーに叱咤激励も含めて多くの愛情を注いでもらった結果といえます。

冒頭合ったように本年度はコロナウィルスの影響でなかなかその想いが循環する機会が少ないのが本当に残念なのですが、少しでも多く次代に紡げるよう全力を注いでいきたいと思います。

 

次週はちょっとテクニカルにお伝えします!

まだまだ経歴を通じてお伝えしたいことがあるのですが文字数が増えてますので今週はこのあたりで終えたいと思います。

次週は 理事長への道に直結する?内容を5つのポイントでお伝えしたいと思いますのでどうぞお楽しみに! 

最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

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